PFCS SS劇場!

パラレルファクター カルティベイトサーバーのSSをまとめるブログです。主にツイッターでのやり取りを纏めます!

求めても。

 廊下を素足で歩く。ひんやりとした空気が大理石から伝わって、春先のあたたかさを忘れさせる。ここは、どんな季節でも冬のような寂しさがある。こんなに大きなお城の中でたった四人だけの生活だ。明かりも点いていない廊下には、白くもやがかかって見えた。
 リビングで待つお城の主、真っ白な雪の肌のメルバ様は、こんなにも寒いお城の中でいつも肌を見せている。手に触れるとすごく冷たいけれど、微かな温もりが確かにあった。妖怪ゆえの脆弱な身体が、命の鼓動を色濃く伝えてくる。凄く弱々しくても、強く、強く生きている。僕から見たメルバ様とは、そういうお方だった。


「珍しく、考え事をしているようね」


 いつも二人で朝食をとる。そして、決まってメルバ様から話しかけてくれる。その声は落ち着いていて、朝露のように澄んでいる。メルバ様はパンを一かけ千切り、スープにつけて、そっと口に運んで僕の返答を待った。あたたかいミルクを飲み終えた僕は、会話を続けるように問い直す。いつもの光景だった。


「そのように見えますか?」


 もぐもぐと、小さくパンを含んだ口が動き、こくりと静かに喉を通る音が聞こえる。テーブルは二人で使うには大きすぎて、お互いが手を伸ばしても届かない距離だ。飲み込む音は、きっと僕の想像だ。でも微かに聞こえた気がするほどに、この食卓は静かだった。


「聞いてみただけ。悩んでるかどうかを見分けた訳じゃないわ」


 またパンを千切り、スープにつけて、一口食べる。あなたが喋る番、と伝えるように、ゆっくりと、味わいながら声を待つ。慌てる必要もなく、考える猶予も残しながら、食事の間も僕を不安にさせないように気遣ってくれる。どれだけ会話の下手な僕でも、たった一言でも聞いてくれるこの態度が、心のそこから安らぎをくれた。


「……鬼ちゃんは、子供の頃はどんな子だったのかなって」


 メルバ様はそれを聞いて食器を置いた。少し長いこと、その言葉を考えるために、ややゆっくりとパンを咀嚼する。やがて、考えがまとまったように飲み込むと、一口紅茶を含み口を拭いた。


「それは、本人にしかわからないでしょうね。……でもその問いは、私なら胸にひっそりと仕舞うわ」


 今度は少し大きめにパンを千切ったメルバ様は、丁寧に、手を汚さないように、器用にジャムを塗り始めた。自家製のアメジストベリーの、メルバ様が大好きなジャム。たくさん、たくさん盛ってから、まるで子供のように一口で食べた。さっきまでのおしとやかな食べ方と対照的に、大きく頬を膨らませ、とても満足そうにもぐもぐ食べている。僕の返答に思考する時間を与えてくれた証拠で、よく考えなさいと母親のように課題を出したのだろう。他でもない、僕の為に。


「……鬼ちゃんは、昔のことを思い出したくないでしょうか」


 考える為に食事の手を止めてしまった僕に、ジャムの瓶を滑らせた。綺麗に僕のお皿の前で止まると、今度は頬に手をあてて、テーブルに肘をついて微笑む。先程までとてもお行儀の良かったメルバ様は、食の進まない僕の為にあえて少しだけ、作法を無視して見せた。その態度までが、僕の目にはとてもおしとやかでかっこよく写った。


「素直に考えてみなさい。あなたが知りたいことは、あの子の過去ではなく、あの子そのもの、なのでしょう」


 会話をしながら、ギザギザのナイフでパンをそっと切る。僕もその様子をまねて、厚めにパンを切った。まるでダンスの手解きをうける子供のように、ジャムをつけるところまで真似させられてしまう。すると、目の前のパンがとても美味しそうに見えてきて、気づいたら大きく頬張っていた。その様子をみてメルバ様は満足げに微笑み、紅茶をくちもとに運んで語った。


「相手のことが知りたくなるのは、それも一つの愛情よ。でも、過去はとっても複雑ね。忘れたい過去を持つ者も、戻りたい過去を持つ者も、みんな、思い出すのが辛いのよ」


 紅茶を一口飲んでから、僕が下を向く前に、メルバ様は『でも』とすぐに続けた。


「それでも、人は過去から逃げてはいけないわ。どのようなことがあっても、前に進む為にはね」


 途端、鬼ちゃんの暗い顔が脳裏に浮かぶ。以前鬼ちゃんは、何度か僕の前で口を紡いだ。嫌な過去を思い出したように見えた。あんなに嫌な顔をする、そんな過去を僕は知りたかった。それは、好奇心ではなくって、単に僕が寂しくなったからだった。


 僕は、過去の記憶が無い。思い出すのがとても怖い。それは未知のものだから。今思い出しても、鬼ちゃんたちと一緒に居続けたいって思うからだ。それでももし、僕に鬼ちゃんたちと一緒にいられなくなるような、とっても嫌な過去があったなら、僕は一体どうすれば良いんだろう。……それくらい、同じくらい、鬼ちゃんの過去に嫌な思い出があったなら、鬼ちゃんはどれだけ辛い思いをしているのだろう。
 メルバ様は『逃げてはいけない』と言った。僕、あるいは鬼ちゃんは、一体何から逃げようとしているんだろう。甘いアメジストベリーのジャムが考えをぐるぐると刺激して、わからなくなって、僕は答えを探すように顔をあげた。


「求めても良いのよ。本当は何も怖くなんて無いのだから」


 メルバ様は、いつの間にか空になった食器をワゴンに乗せて、カラカラと厨房に運んでいった。ひたひたと素足で歩いた白いあとが、音もなく消えていくのを眺めた。焼きたてのパンは冷たくなっていたけれど、ジャムをつけて食べると、僅かにあたたかみを感じた。


 また今日も、僕の一日が動き出したような気がした。