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【武闘大会】女帝VSおみくじ【Aブロック第一試合】

 Aブロック第一試合、オーロラ信仰精霊、『女帝』こと、キャヴィアーヌ・トリュフォア・ド・グラウニウス26世、対するはおみくじ信仰精霊、吉凶みくじ。開始早々から精霊同士の加護対決という題目にどのような頭脳戦が待っているのかと期待が膨れ興奮冷めやらぬ観客達であったが、みなの本命である名前からして謎の深い女帝・キャヴィアーヌの到着が遅れて既に三十分が経ち、期待が空回りし続けた事によるストレスで、空気がどんよりとざわつき始めていた。
 
「不戦勝!!これは私の勝ちであるべきですよ審判!!何故なら相手が逃亡したからです!!早いとこ私の勝利を確定させてしまいましょう!!ね!!いいでしょうもう私の勝ちで!!往生際が悪いです!!」
 
 椅子もない戦地に立たされ続けてついにしびれをきらしたみくじは、せわしない様子のままキスビットより派遣された審判役を務めるアルファ、テイチョスに対し抗議を続ける。内容は不戦勝を認めろというものだ。
 この大会の基本ルールでは、審判が候補者の中から毎試合ランダムで決まることになっていて、勝ちも負けもその時の審判次第である。無論、複数の審査員より『公平』であることを認められたもののみが審判を務める事ができ、彼らの一言が試合において絶対である。当然ながら、安全性を第一に、万が一の時にも身体を張ることのできるエキスパートたちだ。
 テイチョスは表情を変えず、静かに彼女を説得する。
 
「それはできない。トラブルの可能性があるからだ。今しばらく待機していただきたい」
 
 やれやれ、というジェスチャーを加えながらいなし続ける。そう、彼はこういう手合いの扱いを知っていた。誰かさんの我儘はこの比ではないのだ。歳の差もそこまで離れていない為、いつものように真顔で言葉を受け流し続ける。
 しかし、時間稼ぎはみくじにとって逆効果であった。この少女、テイチョスの良く知る女の子よりも大胆であり、端的に言って『節操』がなかった。あの手この手を試しつくそうという気合がオーラのごとくあふれていることを、『問題児センサー』にてキャッチしたテイチョスは、一筋縄ではいきそうにない事をすぐに予感した。
 
「そんなことしたら間に合ってしまうではないですか!!私は勝ちたいのですよ!!楽して!!運良く!!漁夫の利で!!ですのでえぇ、それなら仕方ありません!!サービスしますよ審判さん!!ほ、ほら!!おへそくらいなら見せてあげますから!!ちらり!!ね!?是非ここは私の勝ちにしてください!!よろしくお願いします!!」
 
 謎の焦りからプライドまでかなぐり捨てて色気皆無のやわはだを晒す。はっきり言って魅力のかけらもありはしない、少々だらしのないちょっとむっちりした腹部。華奢ではあるが筋肉が赤子のソレであり、内臓が持ち上がらずみっともなくややたるんでいる。つまるところ着やせしたら安心してしまうタイプだろう。これに魅了されるものは相当なニッチであることは明白である。
 会場の客達がいる前でも堂々とろくでもない交渉をするみくじに呆れて苦笑するものもいれば、その図太い精神にむしろ感心するものまでいた。
 
「ワタシはアルファだ。色欲の機能は備えられていないし、審判の買収は反則行為にあたる」
 
 みくじは彼の機械的な反応にわざとらしくびっくりし、両手を上にあげてひょうきんに笑う。はっきりいって彼女にとっても相当恥ずかしいことなのだ。しかしもしかしたらという期待にワンチャンかけてみたものの、いざ意味が無かったと知ればこれはもう本来ならば切腹モノの恥さらしである。だが、そんな限りなく低い可能性にかけなくてはならぬほど、今のみくじには余裕がなかったのだ。
 
「なんですとぅー!?今の無し!!無しでお願いします!!っていいますか試合まだ始まってないですしセーフ!!ギリギリセーッフ!!はい!!次行きましょう次!!」
 
 ぱっぱぱっぱとさらなる作戦の為に袖から目薬を取り出す。次は少女という年齢を活かして泣き落とし作戦を決行するハラだ。そんな様子も会場からは丸見えであり、誰もがその時こう思った。『それは恥を晒す前にやれ』と。
 そうこうしているうちに、何やらただならぬ気配を察知する。
 
「やれやれ……。む、生体反応アリ。どうやら間に合ったようだ」
 
 選手の入場コーナーから規則正しい足音が聞こえてくる。会場の全員がその音に注目し、みくじは一人頭を抱え、絶望的な顔でその場にうずくまった。
 
「ああぁ……不戦勝かと思ったのに……!戦う前におみくじ引くんじゃなかったですよ……!!今日の私は大凶なんですよおぉぉぉぉ!!」
 
 冷や汗と涙を垂らしつつあわあわとろくろを回すしぐさで心を整えようとする。『運気が悪い時は一時的に信仰を捨てろ。むしろその方がマシになる』とは、父がまだ母と出会ったばかりの頃に、ビシっとかっこいい服と絶景のデートスポットの丘で、いざ告白しようとした瞬間に頭に鳥の糞が落ちてきた時に学んだという吉凶家に伝わりし格言である。端から見ればずいぶんと怪しいが、出来合いのエア・ろくろに浮気信仰している真っ最中であり、これは大まじめの儀式なのだ。
 
「七番!早く壇上に…………?なんだこの夥しい数の生体反応は……」
 
 異様な気配に審判と言えども身構えるテイチョス。しばらくして現れたのは、数にしておよそ数百、たぐいまれなる屈強な肉体をもつ、ガチムチな精霊軍であった。ぶっちゃけるともう加護に頼る必要すらない見た目で分かるほどのタフガイ達。したたる汗にドン引きするみくじは普通にヤバイものを見た女の子らしい心からの悲鳴をあげ、多足類を連想させる全く新しいムーヴで隅っこまでシャカシャカと後ずさる。
 
「ひ、ひえぇぇ!!なんですかあの軍団は!!どれが対戦相手ですか!!出来れば端っこのやや小さい人がいいんですけど!!って、何あのキングサイズのベッド!?」
 
 むさくるしい大群の真ん中辺り、みれば、兵士達が大きなベッドを御輿のように担いでいるではないか。金の光沢に色鮮やかな宝石が埋め込まれた単純にしてゴージャスな最高級っぽいベッドである。それを肩に担いだまま整列した兵士達は、声を揃えながら百獣の王の如く猛々しく叫ぶ。
 
『女帝様のぉ!!おなーりぃぃぃぃ!!!』
 
 会場の歓声がかき消される程の叫びは、ビリビリと空まで響いた。戦士たちによる一斉咆哮、会場の全ての者たちがびっくりしない筈もなく、有無を言わせず静寂に包まれる。しばらくするとベッドから起き上がった、細く、艶やかで、太陽の輝きに反射するお肌が綺麗で、それはそれは眩しい、大変に、もう大変に、超、超、超グラマラスな女性が、ゆっくりと腕をあげておしとやかにあくびをしたのである。
 
「……ふあぁ……。妾のお昼寝を妨げる者は誰ぞ……」
 
 そう、それはただのあくび。なのになぜ涙が出てくるのだろう。眩しく、芸術的な程美しく、その場にいた者はみな見惚れてしまう程に神々しい。女帝を中心に七色の輝きが放たれる。キラキラと、色味豊かに光だす。昼のオーロラ……それはきっと誰もが予想すらしなかったものだろう。辺り一面が楽園と化す、幻想的なこの世界そのものこそが、彼女の持つ加護である。
 
「おぉ……これは……辺り一面が七色に……」
 
 アルファといえどこの現象は解析不可能。何故なら、これは『信仰』だからである。そう言ってさえおけば誰も口を挟めないのが、精霊のズルいところである。故にこの美しさは、データに表すことは不可能。生で見れない者たちは残念だったと、のちに語られることだろう。
 
「寝起きこそ美しくなくてはな……妾の加護ぞ……ありがたく受けとるがよい……ところでここはどこぞな……」
 
「はわわ、ただのあくびがとてつもない美しさ……断食後に見る霜降おにくのよう……つ、強そう……」
 
 ビクビクとしながらもなぜかよだれをたらしかけるみくじ。当然、このみくじも精霊の一人。一般人とは見えているモノが違う。同じ精霊同士、相手の格が知れてしまうというもの。だからこそみくじは恐怖したのであった。
 満を持して登場したこの女帝こそ、第一試合の対戦相手、オーロラ信仰の加護を持つ大精霊キャヴィアーヌである。
 ……だが、本人は何がなんだかわからないといった顔で辺りをキョロキョロ見回していた。
 
『女帝様!!誠に恐縮でございますが、第一試合でございます!!』
 
「第一試合とな……。はて……」
 
『武道大会にございます!!女帝様自ら家臣の反対を押しきって参加表明をしたことをお忘れですか!!昨夜まで再三お伝えして参りましたがやはりお忘れですか!!』
 
「あぁ……そんな話もあったな……が、しかし許せ……鏡を見ると妾のあまりの美しさで忘れてしまうゆえな……」
 
 これはまずい、と察する兵士。それもそのはず、この幸せそうなうっとりとした顔つき……『二度寝』の予兆なのだ。焦る兵士に割り込むように、彼女の前に立つは審判、テイチョス。
 
「……試合放棄であれば八番の不戦勝となるが……」
 
 女帝は扇子を持つような手つきでパタパタと顔をあおぎつつ、テイチョスに向けてクスクスと微笑んだ。仕草一つにまばゆい輝きがついて回る。これがテイチョスでなければ恐らく身動きすらとれないことだろう。見てほしい、あのみくじの可哀想な姿を。残念ながらあれほど濃いキャラとして初登場デビューしたはずの彼女が、インパクトで完全敗北である。あの涙はきっと目薬ではないだろう。
 
「そこなアルファよ……。それでは、妾を運んで来た美しき兵士たちに申し訳がたたぬであろう。受けてしんぜよう、その試合とやら……感謝するがよいぞ……」
 
「ち、遅刻してなお上から目線……!!このひと強い……!!」
 
 不適な笑みを浮かべるキャヴィアーヌ。だがその行動も全て美しく映えることに下唇をかむみくじ。信仰度の違いでここまで誰にでもわかるほど圧倒されるものなのかと、父親に対し妖怪ばりの呪詛の念を送る。
 このまま付き合っていてはらちがあかないと判断したテイチョスは、みくじを横目にしつつ多少強引に試合開始を試みる。
 
「それでは改めて試合開始の合図を……」
 
「ちょーっとまったああぁぁぁぁ!!」
 
「うむ……?」
 
 この土壇場に来て大声をあげ試合開始を新たに阻止しようとしたみくじ。もうアルファであるにも関わらず非常に億劫な顔を作るテイチョス。まだ何かあるのかと一周回って期待する観客。これが最後のチャンスとみたみくじ。目を優しくこする女帝。
 
「どうした8番。トイレは試合前に済ませるようアナウンスした筈だが」
 
「と、トイレじゃないですって!!ハレンチですねあなた!!そんなことよりですねぇ、試合の前にここはひとつ、お近づきの印にとおみくじなぞ用意しておりましてぇ」
 
 お前どこから出したんだ、とヤジが飛ぶ謎の大きな六角形の箱をシャカシャカとふりながら、みくじはまるで営業スマイルのような笑みで近づいた。この顔は確実に良くないことを企んでいる顔だ。その場の誰もが一瞬で悪事の予兆を察したが、目をこすっていた女帝はぼやけまなこでよく見えなかったので、普通に反応してしまったのである。
 
「おみくじとな……?」
 
「えぇ、おみくじですよおみくじ!この試合の勝負の行方を占うんですよ女子っぽく!!ね、いいでしょうこういう趣向も悪くないでしょうそうでしょう!?」
 
 やべぇこと企んでる、と警戒し、ゴッツ重そうな剣をがちゃり、と構える兵に対し、女帝は美声のまま「よい」と兵を止めて微笑んだ。
 
「ふむ……現代のおなごの戯れというものか……。美しくは無いがしかし妾は好意を無下にしない系のナウい女帝よ……アゲアゲよな……」
 
 唐突な若者言葉にみくじは一瞬ひるみかける。当然、兵もひるみかける。意外にも軽すぎて観客もひるみかける。だが、みくじはこれをチャンスとばかりに、食いぎみでたたみかける。
 
「あぁーっ!!話がわかる女帝で良かったです!!なんかすいません!!ではお先にどうぞ!!しゃかしゃかぽい!!」
 
 サッと六角形の箱を前に出すが、一瞥してベッドから降りようとはしないキャヴィアーヌ。騙された感満載で困惑の表情をつくるみくじ。いや、思い出せ。今お前が騙してんだよみくじ。
 
「妾は引かぬ。そなた、代わりにはよう引いて参れ」
 
『は!恐悦至極!』
 
「ななな、なんですとおおおぉぉぉぉ!?!?」
 
 唐突に指名された兵士はガシッと六角箱をつかみ、ひっくり返してシャカシャカした。みくじの顔が青ざめ、冷や汗がだばだば出る。ふふ、と微笑みながらキャヴィアーヌは、両手を太陽にかざしてうっとりと語る。
 
「この通り……わらわは既に『まにきあ』を塗っておるでな……今日一日、何も持つことかなわぬ……ふふ……美しきかな……」
 
 そんな馬鹿な、と兵士が振っている箱を奪い返そうと、みくじが咄嗟に飛びついた決して痩せてない自身のウエストよりはるかに太いその二の腕は、みくじ程度の重りなど空気のようなものであると知らしめるように止まらない。あられもない顔で身体ごと降られながらみくじはおみくじの中止を訴える。
 
「ちょっ!!ちょっと待って貰えます!?やっぱりおみくじ無しにしましょう!!えぇ!!絶対大凶ですから!!意味ないですよおみくじなんてははは!!ね、お返しください!!ちょっと、あっ!!ダメ!!」
 
 その忠告に手を止めた兵士がひっくり返していたおみくじ箱から、強烈な急ブレーキの拍子におみくじ棒が出てきてしまった。しかしその棒は、まるで血塗られているかのごとく真っ赤であり、でかでかと『大凶』の文字がかかれている。
 
『女帝様!!ご報告致します!!我らの大凶でありました!!』
 
「あっぶねぇぇぇぇぇ!!っしゃああぁぁぁぁぁ!!」
 
 みくじはガッツポーズで吼えた。何事かと誰もがその奇行に驚き、何か敵に塩を贈ってしまったのではないかと顔を青くした兵士は、キャヴィアーヌに跪き頭を下げて謝罪した。
 
『申し訳ございませぬ!!なんなりと罰をお与えください!!』
 
「よい……おみくじなど気の持ち方次第よ……よい、妾は許す……大義であったぞ……」
 
 愉快愉快と、邪気のない笑顔で許すその顔に、兵は至福を感じていた。かくも美しい女帝からの許し。今の彼にとってこの笑顔こそが大吉であったのだ。
 微笑ましい一連の流れをぶった切るように、みくじは顔芸レベルの邪悪な笑みを浮かべ、女帝に向けて指を指す。
 
「ところがどっこいぎっちょんちょん!!そうはイカの黄金焼き!!ひっかかりましたねぇ!!近くばよって目にもみよ!!これがわたくし吉凶みくじの天駆ける大吉ですよぉ!!」
 
 バァン!!と手に大吉のおみくじ棒を掲げたみくじ。その姿に感心した様子の女帝。そう、先ほどのだらしない少女とは比べ物にならない程の『出来る女オーラ』がみくじに宿っている。彼女の加護、『おみくじ信仰』の真骨頂である。彼女はこの『大吉』という結果に対し、どんな天啓よりもアツい信頼を寄せるのだ。故に、博打じみた瞬発性の加護であり、この大会のように短期決戦の戦いにおいては恐ろしいほどの効果を発揮する。特に、この加護には『それまでの運気が最悪だった時程大吉の効果がアップする』という特徴がある。当然、おみくじとは『良い結果だけはガチ信用するもの』だからである。必死なのだ。
 
「……ほう……。小娘にしては見事と言わざるを得ない加護を感じるではないか……。よいよい、げに美しき信仰よな……」
 
 漏れ出す加護の気を読み取る女帝。他の精霊の信仰度を一目で判断するのは一流の精霊たる証拠でもあるため、会場の精霊たちはみな女帝の持つポテンシャルに注目した。無論、みくじも一瞬動揺したが、自身の有利が傾くことはないと自分に言い聞かせふんばった。何せ大吉である。
 
「大吉により私の総戦力はおみくじを引いた相手に対してのみ竜人をしのぎます!!うふふ、負ける気がしないっ!!さぁ、試合開始です審判さん!!」
 
 ドヤ顔が場の空気を燃え滾らせる。みくじの大吉パワーは、今まさに自覚となって現れる。間違いなく今の自分は『大凶より強い』のだ。何故なら、大吉だからである!
 
 が!!
 
「引いたのは妾ではないがの」
 
「あっ」
 
「試合開始!!」
 
「ちょまああぁぁぁぁぁぁ!!!待って待って違うんですうううぅぅぅぅ!!!」
 
 パニックに陥るみくじを前に、女帝はゆるりと動き出す。光の残像がオーロラを作りながら放物線を描く。送り出すように光り輝くベッドから、まるで重力を無視するがごとく、優雅にふわりと地上に舞い降りた。
 
「久々の真剣勝負よな……ふふ……腕がなるわ……」
 
 その長い髪が太陽光に撫でられて七色の輝きを放つ。当然会場はその様子にみな見惚れたまま。そのあまりの美しさに言葉までも失い、会場は静寂に包まれた。
 
『女帝様がお立ちになられた!!なんてお美しい姿!!』
 
 鼓舞するかの如くほめたたえる女帝の従者達。一丸となってエールを送られる姿はまさに大国の王たる証拠。まぎれもない、正真正銘の女帝の姿がそこにある。このキャヴィアーヌ、まさに本物のカリスマがここにある。
 場の空気に飲まれかけたみくじは、圧倒する覇気に負けないよう、大声を張り上げながら目を見開くと、女帝に向かって一目散に走りだした。
 
「くうぅぅぅぅぅ!!こうなったら先手必勝!!全身全霊の捨て身タックルううぅぅぅぅ」
 
「……」
 
 疾走するみくじから目をそらすこともなく見つめ続ける女帝に、兵たちはまるでうろたえるかの様に騒ぎ出す。ここに来て更に予想外の行動を起こせるのかと、彼女に可能性すら感じてしまう。一応、彼女も大吉である。相手が大凶ではないとはいえ、このタックルは『大吉』のタックルである。それはある意味、とても怖いものなのかもしれない。
 
『女帝様!!まともに受けては危のうございます!!お避けください!!』
 
 一人の兵士が絶叫にも近い忠告をするが、尚も女帝は動かない。ぶつかるあとすんでのところで静かに目を閉じると、口元に優しい微笑みを浮かべて呟く。
 
 
 
 
「……足が痺れたでな……」
 
 
 
 
 会場は再び凍てついた。
 
「どりゃあああぁぁぁぁ!!」
 
 一人、状況を把握せず無我夢中で雄たけびをあげて向かってくるのはまぎれもなく対戦相手の精霊である。いかに少女であろうと、全くの無防備な相手に対しての全力のタックルは相当の衝撃になるに違いない。だらしない身体がここにきて武器に代わる。これぞ大吉パワー。そして、このみくじ……岩をも砕くと言われる程に、石頭で有名なのだった。
 一流の精霊であれば、息をするかの如く自然と自らの因果律を遡ることができるという。かくいうこのキャヴィアーヌもまた、自他ともに認める大精霊であった。眼を開き続けることで、この先身に降りかかるであろう出来事を嫌でも予測してしまう。
 
「(あれなるは、恐らくあの日、ウミガメのスープで口をやけどしてしまった時に勝る痛い出来事なのだろう。ならば妾には耐えられぬ)」
 
 女帝・キャヴィアーヌは痛みに対する覚悟を考えるのをやめた。
 
「あぁ……これが世にいうところの走馬燈……ふふ……これはこれで美しいものだが……なかなかおもはゆいではないか……」
 
『女帝様ああぁぁぁぁぁぁ!!』
 
 
 
 
「そこまで!!」
 
「オヴッッ」
 
 アルファ式ホイッスルが鳴り響く。息をのむような攻防の決着は、審判であるテイチョスの手で止められた。勢いを殺すことなく突っ込んだみくじのみぞおちが鈍い音を響かせ、その美しくない音に女帝は恐る恐る目を開いた。
 
「……おぉ、審判とやら……」
 
「勝負あり!!戦意喪失により8番の勝利!!」
 
 審判の右手が大きく上がる。同時に、会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こる。終わりよければすべてよし。この勝負、精霊同士のハイレベルな掛け合いがあったのだと、よく訓練された観戦者達は脳内補完したのである。あの女帝相手によくぞ敗けずに戦った、次も応援するぞ、と会場から激が飛ばされる。
 だが、肝心の勝者である吉凶みくじは遅れて襲ってくる残酷な痛みに集中しており、その声が彼女の耳に届くことは無かった。
 
「ミゾオチ……ハイッテ……ガクリ」
 
 みくじの綺麗な気絶顔を見て、女帝はほほ笑んだ。足のしびれがやっととれたのである。そして、会場の歓声につられてなんだか楽しくなってきたので、とても清々しい顔で会場から去っていった。
 
「げに美しき試合であった……みくじとやら……ないすふぁいとであったぞよ……」
 
 上機嫌な女帝がみくじを称賛する意味を込めて去り際に放ったオーロラの輝きは、この世のものと思えないほどの美しさであり、その場のものはみなその光景に目を奪われた。みくじのみぞおちが大変なことになっているという現実を誰もが忘れ、夢心地な気分のままで女帝の退場を見送った。
 
「誰か……オイシャサマを……ゴフッ」
 
 みくじは会場で一人、腹部の痛みを相手に第二ラウンドを繰り広げていた。故に彼女はしばらく目覚めることはないだろう。しかし、彼女はあの女帝に勝ったのだ。運も実力のうち。これもまさに『大吉』のお陰である。恐るべしおみくじ信仰。恐るべし吉凶みくじ!!
 
 Aブロック第一試合、勝者は精霊・吉凶みくじ!!せめて読者だけは、彼女に惜しみない拍手をお願いしたい!!