PFCS SS劇場!

パラレルファクター カルティベイトサーバーのSSをまとめるブログです。主にツイッターでのやり取りを纏めます!

鬼ちゃんの秘密

 今日は鬼のあの子がなんだかしおらしい。寝ている間に何かあったみたいだけど、女の子の事情は複雑だし、聞いて良いことなのかどうかわからないから尋ねないことにした。

 でも、落ち込んでいる顔はあんまり好きじゃない。僕としては機嫌が悪くて八つ当たりしてくる鬼ちゃんの方が素敵だと思う。
 大体、僕がここにいることだって未だに殆ど説明がされてなくて、いつの間にか朝食も夕食も、城主であるメルバ様が出してくれるようになっている。それも、なんだかずっと前からこうしていたかのように暖かく、母親のように優しく僕の面倒を見てくれる。

 これって良いことなのか、それとも良くないことにまきこまれているのだろうか、ただ、鬼ちゃんも、メルバ様と一緒に接してくれる男爵様も、独りでいるときの顔はあの日の僕より寂しそうにしている。
 そんな顔、してはいけない。


 今日は、鬼ちゃんと一緒に遊びにいこうと思う。僕は女の子をデートに誘ったこととかないけれど、少なくとも、今より気分転換になる筈だ。鬼ちゃんのことだし、もしかしたら何言ってんだって殴ってきたりするかもしれない。でも、それが鬼ちゃんの正直な気持ちだったなら別にいい。
 不馴れなことだからメルバ様にアドバイスをもらいたいと思ったけど、今日は週に一度の町の上納の日なのだそうで、朝からお城にいない。町に出ようにもここはとても険しい山の中で、下るのには相応の準備が必要だった。
 勝手にお城を留守にするのも良くないし、それならやっぱり中庭の暖かいところで、一緒にランチをしよう。今日はとても天気がいいし、風も気持ちよく吹いている。この空の様子だと雨の心配もいらないだろう。
 料理はあんまり自信がないけれど、幸いなことに昨日のメルバ様が作ってくれたディナーには、ポテトサラダやカットした野菜が入っていた。メルバ様はいつも、男の僕がたくさん食べれるように少し多めに作る。僕は実は少食なのだけれど、それでも余分に用意するのが貴族らしいって、残してもにこにこと許してくれる。二人で食べきれない分は、野良狼にあげているのだそうな。最近までここも戦地だったので動物も減ってしまい、種として生き抜くのも大変だからと、野生が消えない程度に共存している。
 曰く、鬼ちゃんや男爵様の為でもあるんだそうな。


 そういえば僕はこの城に来てからメルバ様以外と食事をしたことがない。やっぱり身分の違いとかがあるのだろうか。その場合、僕とメルバ様が下で、鬼ちゃんと男爵様が上なのだろうか。
 でも、実際はメルバ様が殆どすべての決定権を持っている。男爵様は鬼ちゃんを従えて、鬼ちゃんは僕を従えている。一番上がメルバ様、一番下が僕の筈だ。やっぱり身分の差で食事をしない訳ではなく、あるいは男爵様の言いつけでメルバ様との食事を鬼ちゃんが許されていないのかもしれない。もしもそうだったら、それはとても悲しいことだと思う。
 今日は僕と鬼ちゃんしかいない。鬼ちゃん、男爵様に怒られるかもしれないけれど、その時は僕が代わりに謝ろうと思う。男爵様はとても冷徹な人だけれど、僕はあの方が優しい人であってほしい。そう、信じている。


 不格好だけどサンドイッチができた。味は、メルバ様が作った具を入れたのだから絶対に美味しい筈だ。あとは、鬼ちゃんを誘うだけ。今日は部屋に閉じ籠りきりで元気がないから、やっぱり前みたいに身体がうまく動かないのかもしれない。なら、中庭までおんぶしていこう。ピクニックだって話したら嫌がるかもしれないので、直前まで黙っておくことにする。


 鬼ちゃんと男爵様の部屋は、蝋燭も殆ど意味をなさない暗い廊下の先にある。朝も夜も全く変わらないここはまるで、お墓の中みたいで不安になる。鬼ちゃんは男爵様の言いつけでここで過ごしているのだけれど、その理由を僕は知らないし、鬼ちゃんもその事をまるで諦めたかのように言われるがままにしている。
 多分、本当は鬼ちゃんも明るいところで過ごしたいんじゃないかって、そう思う。いつも羨ましそうな顔でメルバ様を見ているから、そんな気がする。


 ノックをする。コンコン。返事はいつも無いしノックなんてするなと言われてるけど、着替えてるときに入ってもあんまり気にしない子だからこっちが気にしてしまう。一応、忘れずにノックをする。


「鬼ちゃん、入ってもいい?」


 わかってはいるけど、紳士ならとりあえず聞いてからドアノブをゆっくりと回す。どうやら横になってる様子で、こっちを向く気配もない。ゆっくり近づいて少し顔を覗き込むと、とてつもなく不機嫌そうにこちらを向いた。反応があってちょっと安心した。


「なんだよ……」


「えっとね、ちょっと一緒に来て欲しいんだけど……」


 どう誘ったものかとあれこれ考えてきたのに、いざ本人を前にするとずいぶん怪しい言い方になってしまった。耳が赤くなるのを感じる。暗い部屋でよかった。


「……動きたくない」


「この前みたいに僕が運んであげる。そのままにしてていいからさ」


「……勝手にしろよ」


 刺々しい言葉に、前みたいな元気がない。やっぱり何かあったのだろうか。もし今日のランチでちょっとでも元気にしてあげられたら、勇気を出して色々聞いてみようと思った。


 鬼ちゃんは物凄く軽い。元々やせ形の体格だけれど、本当に軽い。なんだか、人の形をした空っぽの入れ物を運んでいるような気持ちになる。女の子ってみんなこんなに軽いのだろうか。
 背負った鬼ちゃんは指先まで一切力を入れてない。頭を僕の肩に置いているけれど、虚ろな視線は首を見ているような気がした。なるべく揺れないように気を付けて歩いているけれど、微妙な振動の時にちょっとだけ、「あ……」とか「うぅ……」とか、苦しそうな呻き声をあげていた。
 様子の変化に内心不安を覚えながらも、中庭までの廊下に差し掛かった。すると、鬼ちゃんが小声で聞いた。


「なぁ……何処にいくんだよ……」


「うん、中庭だよ」


「……今は夜か……?」


 不安そうな声で、少しだけ唇を震わせながら聞いてきた。何か、凄く怖がっているような、いままで見せたことのない感情で、霞む声で聞いてきた。


「今はお昼だよ。いい天気だから、二人でお話しない?男爵様もお出掛けしてることだし」


 そう、僕が答えた瞬間、鬼ちゃんの様子が突然おかしくなった。もたれ掛かってた首をおおきく振って、真後ろに身体をそらせた。あまりに突然だったため誤って手を離してしまい、鬼ちゃんを落としてしまった。


「ご、ごめん!!大丈夫!?怪我は!?」


「や……やめて……やめてくれ……!やめてくれ……!」


 丸くうずくまりながら頭を抑えて怯えてしまった。その姿が僕の中で、何かとんでもないことをしてしまったんじゃないかと恐怖心を煽り、半ばパニックに陥りながらも打ったところを確認しようと思った。


「どうしたの!?大丈夫だよ、怯えないで!僕だよ!!何もしないよ!!」


「外は駄目なんだ……外は駄目なんだ……ここは来ちゃいけないんだ……やめて……やめてくれ……やめてくれ……」


 暗くて何がどうなっているのかわからない。打ち所が悪かったかもしれない。顔を伏せたままこっちを向こうとしない鬼ちゃんを心配して、僕は廊下の窓のカーテンを開けて、明かりの下で鬼ちゃんを見ようとした。


 それが全ての間違いだった。


「ああぁぁぁ!!うぅぅ!!ううぅぅぅぅ!!!」


「鬼ちゃん!?どうしたの!?鬼ちゃん!!??」


 異様な光景だった。鬼ちゃんに当たった光は、鬼ちゃんの肌をおぞましい速度で焼いた。右半身と頭皮が、命を奪いそうなほど勢いよく荒れていく。僕は、その時咄嗟に鬼ちゃんの身体を抱き抱え、一番暗い男爵の部屋まで走っていった。


 知らなかった。何もわからない中で、ただただ日光が鬼ちゃんたちを殺そうとするものなのだと、それだけが実感としてわかった。
 鬼ちゃんは転んだときに傷ができるといつも男爵の部屋につれていかれ、少しすると傷のない状態で出てきた。だから、もしかしたら何か、この状況で鬼ちゃんの傷を治療する手がかりがあるかもしれないと思った。
 決して入ることはならない、と、鋭くて怖い眼で、まっすぐと僕に言った男爵様のあの顔が、この部屋の禁忌を強烈に感じさせるには充分であった。でも、今の恐怖心はそれを凌駕してしまった。
 僕は入室を明らかに拒む自分の足を無視して、体当たりするように部屋に入った。


 男爵の部屋は、いろんな懐かしい香りがした。老夫婦が静かに暮らしているようなふわりとした、鼻をくすぐるような香り。ソファーや書棚から漂う素材の匂い。ぱっとしない香りだけど、心が一番安心する香りだ。
 でも、その香りの中にひとつだけ凄く気分を悪くする香りがあった。その匂いはよく知っていた。喉元を乾かし、眼が霞むような鉄の匂い。錆よりも強烈な血の香りだ。ふと目についた棚からその匂いは漏れ出して、何となく僕は『それだ』と思った。


 ソファーしかない寝室。光のない牢獄のような空間。懐かしい香りに混じる血の匂い。深いことはわからないけど、男爵はここで寝ずに何かをしている。僕に知られてはいけない何かだ。いつも鬼ちゃんの手枷をつけるような、束縛の為の部屋だ。
 棚に手を伸ばそうとしたとき、ふと背筋に氷を刺されたような、魂を抜くような感覚がした。確信があった。鬼ちゃんが僕に向けた視線が、振り向かなくてもすぐに伝わった。


「……鬼ちゃん」


 恐る恐る振り向く。真っ暗な部屋だ。ましてや、このお城の生活に慣れて多少夜目が利く僕も、物のシルエット程度しか見えないような部屋だ。その部屋で僕は、鬼ちゃんのシルエットに、二つ光る邪悪なものを見た。思いたくないけれど、それは眼だとわかる。鬼ちゃんの眼は、全然鬼ちゃんに見えなかった。


「フー……フー……」


 苦しそうに、物欲しそうに、そして、殺意を込めてこっちを向いている。シルエットはもぞもぞと形を変えて、多分、右腕の方からソファーの下に落ちた。点滅することのない眼は、どんなにいびつな形のシルエットでも、僕を見続けていた。


 確実に、確実に僕に近づこうとしている。出会ったあの日のことを思い出す。間違いなく、鬼ちゃんは僕の血が吸いたい。僕は鬼ちゃんに血を吸われる事を拒んでいないけれど、今、目の前にいる邪悪なシルエットには、前のような意思がない。
 確実に、僕を殺す眼だ。確実に、鬼ちゃんじゃない眼だ。そんなものに血を吸われる、無惨に狩られるのを僕は、逃げるって意思ごと殺されて、すくんだ足が尻餅をつかせながら、部屋の隅でただ処刑の時間まで震えることしか出来なかった。


「フー…………フウゥゥゥ…………」


 近づくほどに眼を背けたいのに、その眼光に縛られて、何も見たくないと思っているのに、暗闇に眼が慣れてきた。鬼ちゃんの顔は焼けただれたままだった。鬼ちゃんの眼は生きてるものの眼じゃなかった。鬼ちゃんの呻き声は、この世のものとは思えなかった。


 それでも、それでもこれは、絶対に鬼ちゃんなんだって、最後の勇気が僕に語りかけた。どんな姿で、どんな声で、どんな眼でもこれは鬼ちゃんなんだって思った。
 涙と嗚咽が漏れてくる。ごめんって思った。鬼ちゃんは、鬼ちゃんはこうなりたくなかったんだ。僕が鬼ちゃんをこうしてしまったんだって、後悔と恐怖が僕の心臓を何度も刺してきた。


 死にたくない。死にたくない。心の中でそう叫ぶ。死にたくない。ここで独りで死にたくない。


「鬼ちゃん……鬼ちゃん……」


 手を差し伸べた。その姿を鬼ちゃんはきっと見えていない。鬼ちゃんは、僕の首を、血を見ている。
 僕は鬼ちゃんを見ていた。鬼ちゃんの表情を見ていた。死にたくない。死にたくない。僕の心の中でこだまするその声は。


「……ウウゥゥゥ!!」


 僕じゃなくて、鬼ちゃんの声だった。

 

 

 


 今、どれくらい吸われたのかな。
 鬼ちゃんは、怪我は治ったかな。
 血を吸うと鬼ちゃんは元に戻るのかな。
 鬼ちゃんは、死にたくないんだ。
 僕は、鬼ちゃんを殺したくない。


 だからこの血は、全部あげようって、そう思ったまま意識を閉じた。

 


***

 

 ねぇ。ねぇ!!ちょっと!!まだなの!?


 何か聞こえてきた。けたたましく肩を叩くその手は女性の手だった。でも、鬼ちゃんじゃない。鬼ちゃんはいないのかな……


「いるからね!?ちゃんとして!!あなた、ぐずぐずしないでよ!!ちょっと!!」


「うん……」


 あれ……ここは……


「男爵……様……?」


「余である」


「あぁよかった!サン、離れなさい!」


「メルバ……それはまだ早いと……」


「うるさい!!歯喰い縛りなさい!!バカおやつ!!」


 バシン。
 左頬が揺れた。ジンジンと痛みが走る。放心したまま何が起きたか振り返る。
 あ……僕は鬼ちゃんに……殺されて……鬼ちゃん……?


「鬼ちゃん!!」


「よし、生き返ったわ!!あっぶない!!死ぬところだったわよねこれあんた!!」


「うん……」


「うんじゃないよバカ!!」


 バシン。
 男爵は吹っ飛んでしまった。200㎝位ある体格なのに、まるで人の形をした入れ物のような軽さで……あれ……デジャヴを感じた……。


「ここは……」


「私の部屋よ。サンがいるから薄暗いけど、あなた、自分がわかる?大切なものとられちゃってない?」


「大切なもの……鬼ちゃん……!鬼ちゃんは!?肌がやけて、苦しそうで……!!」


「大切なって、精神の事なんだけどね……。はぁ……自分のことより他人のことか……どっかのゾンビ男みたい……」


「余である……」


「その萎れてるケガレーダーが鬼ちゃんの血の劣化を感じ取ったから良かったものの、まさか二人して死にかけてるだなんて思わないわよ」


 メルバ様はそう言うと僕を抱き締めた。暖かくて、命を感じる鼓動……。真っ白な肌だけれど、確実に僕と同じ生者の温もり。ぼさぼさの僕の頭を撫でて、耳元で母のように優しく囁いた。


「無事よ。二人とも。あの子は寝室にいるわ。もう大丈夫だから、仲直りしてきなさい」


 メルバ様の部屋を後にする。中庭に続く廊下からカーテンを覗くと、鎌のような形の月が闇夜に浮いていた。あれから僕はどれくらい寝たんだろう。月明かりで自分の身体を見てみると、首と肩に大袈裟な包帯が巻かれている。認識した瞬間、凄く重い鈍痛が僕を襲った。


「……ッ!!」


 グッと痛みが響く。染みるような鋭い痛みではなく、広く、深く、抉られているような痛み。窓を直ぐに閉じて、突然の立ち眩みに身を屈ませた。思い出したくない事が、窓からの光で一杯あふれでてきた。


 そっと、なにかが背中に当たった。石みたいに冷たくて、大雑把で不器用で、傷なんか考慮しないその腕は、後ろから僕を抱いた。


「……」


 激痛と、締め付ける息苦しさに、思わず顔を歪めながら、それでも凄く……凄く安心して、入れ物のように軽い胸元の手に触れて、振り向かないまま僕は答えた。


「鬼ちゃん。……いたい」


 手は緩むことなく、より痛く、キツく僕を捕まえたまま、大事に、大事に、壊さないように抱き寄せた。


「……離すもんかよ……お前だけは……絶対に……」


 暗い廊下。つめたい感触。死んでしまいそうな大袈裟な痛み。全ては今生きてる、殺さないでいてくれた、優しさに助けらた生者の苦しさ。生きている、辛さと、嬉しさ。
 僕は、声を出さずに鬼ちゃんに謝った。


 ごめんね。


 もう、君のために死んでもいいなんて寂しいこと、言わない。


 顔を見せずに口パクでそう言うと、伝わったのか偶然なのか、僕を締め付ける優しさが強くなった気がした。


 僕は最後に、


「ありがと」


 って言った。