『最後の問いだ、若者』
「わかった。しかし、その前に一つ言わせてくれないか」
『許可する』
「その『若者』って言い方をやめてくれ。俺にも大事な名前があるんだ」
『こだわる必要はない』
「あるさ。君も名前で呼ばれたら嬉しいだろ。名は大切だ」
『不要だ』
「必要だ!これは譲らない。名前がいらなくなったら、知的生物である意味がない。それに、そろそろ君は俺に名前を教えてくれてもいい筈だ」
『不毛だ』
「そうでもない。だって、俺は君の名を呼べなくて不便だし、モヤモヤだって残る」
『呼ばなければよい』
「本当に頑固だな、君は!これじゃ願いが叶えられないじゃないか!」
『何故そこまで名にこだわる』
「君に勝つためだよ、地の霊獣ちゃん」
『何……?』
「君は俺に『三度、問いに答えることが出来たら願いを三つ叶える』と言った。だから答えた。君の最期の問いは、『何故名にこだわるか』だ」
『今のは間違いだ。訂正する』
「おっと、『訂正は認めない』と言ったのは君だろう?ルールは守るものだ。我らの師・グノーメアの名において、『秩序と信頼の為』に」
『……わかった。認める。馬鹿者』
「はは、作戦勝ちだな!どうだ!……って、若者より酷くなってる!!」
『やむを得ない。願いを言え。程度は弁えろ』
「なんでも叶えられるって言ったのは君じゃなかったか?」
『できる限り尽力する。無理難題を出すつもりだった。反省している』
「サラッと問題発言したな今……まぁ良い、そんときはそんときだ」
『一つ目の願いを言え、若者』
「あぁ。それじゃ、まず名前で呼んでくれ」
『まだ拘るか。気にせず願いを言えばいい』
「いや、だから『俺を名前で呼んでくれ』ってのが一つ目の願いだって」
『……は?』
「願い叶えてくれるんだろ?さぁ、呼んでくれ!楽しみにしてたんだからさ!」
『いや、そんな勿体な……』
「勿体ない訳がない。俺にとって、名前で呼ばれることはそれだけ大切って事だ。特に、『女性』に呼んで貰えるのならばこれほど光栄なことはない」
『女性……』
「あぁ、とてもワクワクしてる。ずっと君に名前で呼ばれたかったんだ」
『……やむを得ない。これで良いか、アルフォート』
「!!」グッ
『グッ、ではない。解せない。名前など、呼びにくいだけの枷に過ぎない』
「なら、『アル』でも良いさ。むしろそっちがいい。遠慮しないで呼んでくれ!」
『長さの話ではない……早く二つ目の願いを言え』
「君の名前を教えてくれ」
『嫌な予感が当たった』
「さぁ!!恥ずかしがらずに!!」
『……残念だがそれはできない』
「頑固!!そこまで言いたくない理由でもあるのか!?」
『答える必要はない』
「じゃあ、二つ目の願いは『名前を言わない理由を聞かせろ』だ。正当な理由があれば諦めもつくが、名を呼び合う仲なのに此方から呼べないのは俺だって納得できない」
『……名前はない。貰えなかった』
「……何?」
『霊獣に名など不要。ただ役割を成せば良い。その為に産まれた』
「……それは、師であるグノーメアがそう言ったのか」
『答える義務はない。他の問いは別の願いの範疇。願いはアルが持つ権利。下らない質問などやめて有意義に使え』
「そうか……わかったよ、それなら何も聞かない。君がそう言うなら、最後は自分の為に使うよ。……願いを言うぞ、霊獣」
『……それでいい。言え』
「俺の願いは『君に名前をつけさせてくれ』だ!」
『わかっ…………え』
「実は俺に妹が出来たらつけようと思っていたとっておきがあるんだ。その名前を君に贈りたい!」
『何故構う。何故そこまで名に拘る。アルこそ納得のいく理由を言うべき』
「俺の、ずっと前からの願いなんだ」
『どうして……』
「母上が事故で亡くなった。医者にお腹から取り出された妹も、間も無くして逝った」
『……!』
「……母上は、死に際に俺の名前を呼んでくれた。だが、俺はショックで声を出せなかった。最後に母上の名を呼んでやれなかった。産声をあげた妹にも、動揺して名前を呼べなかった。ずっとそれが頭に残っている」
『アル……』
「精霊長程の加護がなくては到達できないと言われている谷に住む、願いを叶える霊獣の元へ来たのも、妹を甦らせて名前をつけるためだった。でも、本当は最初から知っていた。死者は甦らない。諦めをつける為だけの修行だった。断られたら、帰るつもりだったよ。でも、信じてくれ」
『……』
「君に名前をつけるのは、妹の代わりなんかじゃない。かけがえのない友達として、俺は君の名前を覚えたいんだ。君に覚えていて欲しいんだ。……友達になるには、名前を呼ばないといけない。嫌なら無理強いはしない。だけど俺は、他に願いなんてないから正真正銘最期の願いだよ」
『……名前を聞いてから決めても良いか』
「あぁ、もちろん構わないとも!ありがとう、俺のわがままに付き合ってくれて嬉しいよ」
『言え。妹の名はなんという』
「『シフォン』。夢のお告げでいただいた、今まで誰にも言ったことのない大切な名前だ。どうかな」
『……悪くない』
「本当か!?じゃあ……」
『受けとるとは言っていない。条件がある』
「あぁ、遠慮なく言ってくれ!こんなに願いを叶えてくれたんだ、君の為ならなんでもするさ!」
『……こう、言って欲しい』ゴニョゴニョ
「?……そのあとに名付ければいいんだね?わかった、任せてくれ!……いくよ」
『主。役目は終えた。仲間を待て』
「……まだ残っている。大事な事がある」
『ない。治療が優先される』
「もう、いい。最期の時は、わかる」
『まだわからない』
「それより……おまえに最期の……約束を……」
『要らない。名前など、必要ない。まだ最期じゃない』
「……主……グノーメアの名において……命ずる……。そなたに……名と……永遠の自由を……」
『主…………!!』
「そなたの名は……」
『聞きたくない!!まだ死ぬな!!今助けを呼ぶ!!グノーメア!!』
『……(聞けば良かったと今は思う)』
「主・アルフォートの名において命ずる」
『……(あの後私は自由を得た。名付けの儀式が終わったからだ)』
「そなたに名と、永遠の自由を」
『……(私はその名を聞かず助けを呼びにいった。間に合わなかった)』
「そなたの名は……」
『……(私の本当の名は……)』
グノーメア「そなたの名は、『シフォン』。今までありがとう……お元気で……」