PFCS SS劇場!

パラレルファクター カルティベイトサーバーのSSをまとめるブログです。主にツイッターでのやり取りを纏めます!

魔女みならい

 この森も目印くらいつければいいのに。こんなんじゃ、宅配とか使えないだろーにさぁ。たまにはピザとか食べたくならないのかな、精霊って。まぁ、よそと関わる必要がない気楽な生活に憧れがないわけじゃないけど。
 でも、毒キノコを使うなら万一のことを考えて医者が来れるくらいにはしておくべきだよ、絶対。だってこの森、道らしい道はないし草は生え放題だし、やたら成長が早い植物なんてのもある。二日三日家を開けると、素人目じゃ別世界に変わってるんだもん。まるでおとぎ話だ。
 ほら、ここからは日の光も当たらない。暗くてじめじめしてて、奇妙な動物の鳴き声だって聴こえてくる。キョウキョウと?シャーシャー?なんかそんな感じの音。あの音は、ボクのことを見てるのかもしれない。ね、凄い不気味。
 さて、今日の荷物に灯りは入ってないよ。灯りを灯すには火が必要だし、油は買わなきゃいけない。毎回毎回補充するために町に出るんじゃ、面倒だししんどい。
 そんなときこそこの本の出番。触媒は……現地調達だけど、まぁこれでいいや。この草は薬草のひとつで、森に縁がない人からすればカンテラ油くらいの価値はあるし。
 祈りやすいように木の枝で陣を作って、と。よし、簡易サークルも出来て、これで条件は満ちた。
 
 イメージするのは灯り。闇夜を照らす月明かり。信仰は夜空に煌めく一番星。よりしろたる血はキズナオ草。祈れ、捧げよ、願いよ届け。この術式こそ信仰なり。
 
ぱっふるぽいふるわたぱっち!』
 
 ……………………誰も見ていないことをさりげなく確認したいんだけど、この腰つきが数センチずれるだけで失敗するから我慢。
 詠唱が森にこだまする。応えるかのように、本に書いた呪文の文字がにぶい輝きを帯びた。やった!身もだえするほど恥ずかしかったのが決め手になったのか、正しく信仰と認められたっぽい!
 詠唱は少し声が震えたのが気にかかるな。左手に持った薬草を確認する。ほんとの形は球体のイメージなんだけど……あぁ、やっぱりね。ちょっといびつな、なんとも言えない形になっちゃってるし。ばばさまが見たらイッヒッヒって笑いそうだなこれ……。
 気になるコストは、まぁ森を抜ける位までは保ってくれればね。またやるのはちょっと嫌だし。ボクはそういうタイプの女の子じゃないんだ……。本当だって……。
 
 灯りはボクの1m先辺りに浮いている。ボクが歩けばこの灯りも一緒に動く。これは、ボクが考えたそういう概念の『魔術』。つまり、ボクは『魔女みならい』ってやつ?
 もちろん、世に出回ってる空想のお話の『魔女』じゃない。ボクのこの力には原理があるから、言わば『科学』の結晶で、それは意外にも単純なものだった。
 人間の上位種族と考えられている、耳の尖った精霊たちは、僕たち人間では知覚できない不思議なものを自由に扱う感覚が備わっているんだってさ。人間はそれを『マナ』とか『オド』とか、『エーテル』なんて呼び変えてるけど、つまりはこの地に昔からあるエネルギーのこと。ばばさまは「そんなに小難しく考えるのは人間くらいさ、イーヒッヒ!」って言ってたけど。
 科学で解明しようとすればするほどこのエネルギーとは縁が遠くなって、理屈じゃなく体感で感じようとするほど近しいものになる。その、「なんとなくある」って感覚をボクは最初からもっていたみたいだから、多少は才能があるのかも。
 
 原理はこの『魔導書(スペルブック)』と、特殊なインクで書いた『呪文詠唱(アリア)』で作る、簡易的な『おまじない』。おまじないは人間にも効果があって……っていうか、それが精霊の加護の根本なんだって。ばばさま曰く、人間は信仰の方法を間違ってるだけで、近いことは割りとしてるそうな。
 ともかくまず、スペルブックに願いを込めたアリアを書く。これはボクの手書き。響きやリズムを揃えて自然な想いの力を書くことで、このアリアに思い通りの『意味』が生まれる。コツは、『言葉』じゃなくて『唄』にすること。そっちの方が、連想させるイメージが壮大だから。
 そこまで出来たら次は、『祈祷』に入る。おまじないは必ず『誠意』を見せなきゃならない。そこまでしないと、人はなにかを心から信じることが出来ないんだって。お賽銭に少ないお金より貴重な宝石を入れたら、『ここまでしたんだから良いことがある筈』って思えるよね。その信じる心が、信仰なんだって。
 ボクはまだ未熟だから、サークルを作ってそれをちょっとした神殿に置き換えてるよ。昔の人々は、大きな祠とか、社のようなものを用意したりしてた。場所とか雰囲気にこだわるほど本格的になるって理由。くだらなく感じるかもだけど、実際結構臨場感とか出る。
 そしてもちろん、お祈りはタダじゃない。地獄の沙汰も……なんて言うし……。人間が自分の分をわきまえない奇跡を起こすのだから、精霊と違って代償は払わなきゃいけない。それが『コスト』……。お供えもの。
 
 ここまで揃いさえすれば、あとはスペルブックがボクの期待を加護に変換してくれる。精霊に近い生物とされる『雲羊』で作った羊皮紙の本だから、こちらの願いに応えてくれる。
 そのために、スペルブックには『想い』を形にして記す必要があってね。それがこのインクで書いた『アリア』ってわけ。アリアは声に反応するから、直接羊皮紙に刷り込まれ、ボクの言葉を変換し加護に変えてくれる。
 その際の躍りは……ただの儀式。覗くんじゃないぞ……。
 変換された『信仰』は『加護』となり、コストに使った媒体を通して具現化される。
 
 それが、この魔術の原理……なんて話してるうちに、はい、到着。なんとかコストも持ったみたいだ。以前は何度も途中で途切れて、結局ばばさまに先に見つかってたけど、ボクの魔女としての素質もどんどん成長してるってことかな。人前では使えないけど絶対。
 
「ばばさまー。頼まれてたの持ってきたけどー」
 
 ……まったく反応がない。留守か。あんなによぼよぼなのに、どこかアクティブなんだよな……。時折不安になるけど、でも精霊は長寿の種だから大丈夫だっていうし。今回だってこの頼まれてたキノコ、結構遠くで険しいところにあるのに自分で取りに行こうとしてたんだから。修行ついでに引き受けたけど、結局いつかまた自分でとりにいこうとするんだろうなぁあのおばば……。
 
「カァー!!」
 
「うわわ!!って、なんだ、今日の店番はチドサか……」
 
「カァー!!カァー!!」
 
 この黒い鳥は、ばばさまの使い魔のチドサ。契約がどうだのと、なんだかいろいろとあってばばさまになついてる感情豊かなペットのこと。他にもいろいろいて賑やかで、老女一人で暮らすのも寂しくないんだって。……まぁ、こいつは特にやかましいというか……
 
「カアァァー!!」バッサバッサ
 
「わわわ、な、なんだよ!!ちょ、やめ、ボクだって!!エナン!!『エナン・ポティロン』!!」
 
「カァwwwカァwww」
 
「……こいつ……わかってやってるだろ……」
 
 ……よく、人を馬鹿にしてくるイタズラ好きなやつだ。なんでわざわざこいつが店番をしてるんだろう……。なんかばばさまの笑い声が聞こえたような気もするし……。
 
「はぁー……ほら、店番。仕事仕事。これ、ばばさまが欲しがってたやつ。落とすなよな」
 
「カァ」
 
 ひとしきり満足したのか、僕の差し出した紙袋をくわえると、部屋の奥までゆったりと飛んで行った。チドサはめんどくさがりだけど、あぁして素直に働くってことは店番でずっと暇してたのがよくわかる。
 さて、届け終わったわけだけど森で歩き疲れたし、ちょっとお茶でももらっていこうかな。……と、戸棚に目をやればまた何か怪しげなものがある。
 
「なんだ、ばばさまの新薬?こんなところにおいて不用心だな……」
 
 ばばさまこと『クラウィッチ・パンプキン』は、薬を生成する加護をもつ精霊。たいてい趣味で作っているらしいんだけど、その効果は結構すごいのが多いらしくって、ここクローネンベルグではそれなりに高値で売れるって評判だ。なんでも、神出鬼没なうえに気まぐれ屋だし、必ずしも売ってもらえるとは限らない。お宝をこうやって置いておくってことはつまり……。
 
「……すこしくらい、もってっちゃっても構わないってことで……ふっふ……」
 
 お遣いのお駄賃としてちょっと拝借させてもらおう。なんたって、スペルブックはコストが必要で、ただでさえお金がかかるんだから……。ばばさまの薬なら上等な宝石くらいの価値がある。やりたくても出来なかった大型の魔術、シトロンマカロンマシュマロンも試せるかもしれない!
 いそいそとチドサに見つからないようにしまっていると、薬の下から紙が一枚、はらりと落ちてきた。
 
「なんだこれ。えーっと、グラマーキノコ、美声草、ラジビスクスの羽根……どれも女の子が夢見てる超高価な美容品の素材だけど……薬の材料?ってことは……」
 
 この薬はもしかするともしかして、ごくまれにグラマラスに変身してるばばさまの美女変身薬では……!?だとすると、この薬を飲めばボクもたちまちオトナの美女に大変身できるってことだろうか……。そんなまさかとは思いつつ……。
 
「……ちょ、ちょっとくらいなら舐めてみても大丈夫か……」
 
 ためしに、ちょっとこぼした薬をちょっとだけ舐めてみた。
 
「うわ……まず……」
 
 苦さとあまったるさが混じって、強い香水のような鼻をつんざく後味。舐めるだけでこれってことは、飲むなんて信じられない……。薬だからって味は考慮しないのは、なんていうか、すごいと思う……。
 
「……。身体に変化はなし。まぁ、そんな美味い話があるわけないカァ……」
 
 がくりと肩を落とす。まぁ、ばばさまの薬であることは確かだし、これはコストに使えばいい。それ以上求めるのは強欲ってことか……。
 水を一杯飲んでから、チドサに一言いって帰ることにする。
 
「そろそろ帰るカァー。チドサー!ん……?ボク、今なんて……」
 
 あれ?何かちょっとおかしい。変な違和感を感じてのどに手を当ててみる。
 
「どうたカァ……?なんカ変だカァ……カァー!?
 
 !!しゃ、しゃべるたびに喉からチドサみたいな声が出てくる!!
 
「カァー!!なんだコレ!!カァカァ!!チドサー!!カァー!!」
 
「カァwwwwwwwwwwwwwwwカァwwwwwwwwwwwwwww」
 
「わ、笑うなカァー!!カァー!!うわぁ勝手に出てくるカァー!!」
 
「カwwwwwwwwwwww」
 
「カァー!!!!!!!カァ?何か紙の裏に……」
 
『よこどりするおバカさんにはおしおきだよ。イーッヒッヒ!!飲んじまったら修行不足ってことさね!!』
 
「……あの魔女ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!カァァァァァー!!!!!!」
 
「カァーwwwwwwwwwwwカァーwwwwwwwwwwwwwカ、カァwwwwwwwカwwwww」
 
「呼吸困難になるほど笑うなカァー!!」

不幸な幸運男。

 途方もなく続く砂漠の先にその町はあった。からからに乾いた大地と、半壊した建物。それと眩暈を起こすような火薬の匂い。つい先程まで何かしらの揉め事があったことが伺えるが、ちらほらと見える老人の様子から、それは日常茶飯事の出来事だとわかる。
 ともかく水をもらえれば充分だ。喉が焼かれたように痛い。金は持ち合わせていないが死に物狂いでなんとか辿り着いた人気のある所だ、交渉でなんとかするしかない。場合によっては追われることにもなるかもしれないが……。手探りでそれらしい店を見つけ、転がり込むように扉を開けた。


「マスター、客だぜ」


 木製のひび割れたテーブルに足を乗せて、偉そうな態度の男が店主を呼んだ。どうにもやる気が無さそうな、かつ暇で暇で退屈そうな態度が表れている。左手の、いかにも度の高そうな酒をカラカラ回しながら、右手に持つリボルバー式の拳銃を開けては閉め、流れるような手つきでガチャリと構える。
 その一連の流れはまるで機械的に正確で、男の短気でがさつそうな印象が瞬時に払拭された。


「待てラドラー。そいつは金の匂いがしない」


 カウンターの一番奥、窓の光に隠れた影の中から女の声が聞こえる。よく見れば大柄な鎧を着込み、派手な大剣を背負った傭兵のような女がそこにいた。あまりにも目立つ派手な外見とは裏腹に、気配を殺して佇むその姿からは暗殺者じみた悪寒を抱くに充分だった。


「……つまり、俺たちの客ってこった。じゃあな坊主」


 そう言うと男は、先ほどの手弄りの動作のまま躊躇うことなく、ガチャリと銃口を俺に突きつけた。しかし俺は銃口よりも、男の鋭く射すような目に動揺して一歩後ずさりをしてしまった。
 その瞬間、巨大な鉄の塊が俺の前に突然現れ、わけもわからないまま俺に突進してきた。


「がはっ……!!」


 爆発じみた衝撃音と共に、俺は扉ごと外に放り出され、地面に叩きつけられた。そのまま鉄の塊……もとい、デカい剣が頭の真横に突き刺さる。続いて、俺の下腹部にとてつもなく重い女の膝が勢いよくのし掛かり、出したこともないような情けない声が出てしまった。


「えぅ……」


「だぁーっ!!クロバーサ!!テメェはなんだってそういつも俺のエモノを取りやがる!!」


「貴様のそれは喧しいからだラドラー。それに、斬るよりも遅い」


「テメェさんが考えなしに突っ込むからだろうが!!クソ酔っ払い女!!」


「良く言ったなラドラー!!次は貴様だ!!」


「あぁ!?やんのか!?」


 遠退きそうな意識の中で彼らの喧嘩が始まり、寝させてくれそうもなくなった。つまり、この町が半壊している理由はこの女が大暴れし、鼻をつく火薬の匂いはこの男が女に向けて打ちまくった跡だろう。殺し合いに等しい喧嘩は、男の銃弾がなくなることで呆気なく終わった。


「弾がねぇわ。そろそろやめようぜクロバーサ」


「あぁ。こちらも酒が切れた。飲み直すぞラドラー」

 

「で、その坊主はどうなのよ?」

 

「恐らく普通の客だ。弱かった。無害だ」


「あ、あんたら!!うちの客になんてことすんだぁ!!おい、大丈夫かあんちゃん!!生きてるか!?マジで!?すげぇなあんちゃん!!」


 店主と思わしきゴツい男が、ゆさゆさと俺を揺らした。胃に響くのでやめてほしかったが、この状況を異常と思える常識人に会えたことが嬉しくなった。


「……み……水を……わけてくれないか……」


「あぁ、構わねぇ!金はあいつらから取るからよ、とりあえず何日かウチで休んでけ!!な!!悪かったなあんちゃん!!」


 色々あったが、なんとか水を手にいれる事ができた。良くわからないが彼らのお陰でどうにかなった。今度こそ遠退く意識の中で、人の優しさが改めて心に染みた。

精霊長ドミノダーノ・ビスマルク

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「カッサンドラ。この世界で皆がまともに生きる為に必要なものとは何かわかるか?」

「金っすか」

「ヌハハハ!!金なんぞがあればまともに生きていられる程な、この世界は優しくねぇよ馬鹿野郎!!」

「事実、自分らまともにメシ食ってねーっすよ……イテッ」ゴン

「おうとも。みっともねぇナリでもこうして笑って生きてるだろうが!それがマトモっつーのさ。金もメシもあるのに、この世は陰気くせぇ輩の多いことよ」

「ってーな……加減しろっす……で、その必要なものってのはなんすか……」

「それはな、『四つの精神』よ!!」

「四つの精神?」

「そうだ。すなわち『勇気』、『愛情』、『自由』、『知恵』。これら四つの要素こそ、皆が生きていくために必須の心構えだ。どれか一つでも忘れちまったら、まともじゃいらんねぇってなもんさ」

「親父は自由しかねーじゃねぇっすか……イテッ」ゴン

「なぁに言ってやがる、儂以上に勇気があって愛を持った知恵者もいねぇだろうが!!ヌハハハハ!!」

「……暴君にしか見えねぇっす……」

「そう斜に構えるなカッサンドラ。精霊長としてな、そろそろ儂もお前に『勇気』というものを教えねばならん。ここ数日、その覚悟を決めていた」

「勇気……っすか?」

「おうとも。我らユグドラシルより別れし四つの精霊長、それぞれに課された世界の守護者たる四柱の御子。『愛情のウィンディーネ』、『自由のシルフェルト』、『知恵のグノーメアリー』、そして『勇気のサラマンドラス』」

サラマンドラス……この地の……」

「あぁ、その『サラマンドラス』だ。四属性全てを使いこなすことができたという、世界樹ユグドラシル』の賢者達。彼らが儂ら精霊へ受け継いだものは、世界を守護する強い意志なのだ!」

「はぁ……。で、自分らは勇気を受け継がれているっすか。……なんの為っすか?」

「それはだな。……ヌハハハ!!まだお前にその理由を語るのは50年早ぇ!!」

「はぁ!?なめんなっすクソ親父!!っつーかじゃあなんで話したんすか!!」

「そうさな……『予感』がするのよ。この勇気を使わなきゃなんねぇ時が、間近に迫ってるっつー、そんな予感がな」

「予感……(精霊長はお告げを聞くことができるっす。もしや……)」

「カッサンドラ。今のこの混沌とした争いの世はいずれ、あのドレスタニア国が覇権を握るだろう。世界規模で大層な騒ぎになる筈だ。だが、そいつは人間共の領分だ。儂ら精霊には大して関係ない。……儂らの問題は、その最中で起きるという『災厄』だ」

「災厄……!」

「何が起こるかは儂も知らねぇ。だがな、少なくともその『災厄』は、儂ら精霊長に大きく関わりがある。そしてな、その時になればお前の手にも渡る機会があるかもしれん……古の魔剣、『レーヴァテイン』をな……」

「れ、レーヴァテイン……?」

「おうさ。ユグドラシルの神器、その一角を担うレーヴァテイン。……まぁ、そいつは一旦忘れろや。お前にはきっと関係ねぇさ」

「忘れろっつったって……クソ、よくわかんねーっすよ……」

「ヌハハ!!よくわかんねーで良いんだよ馬鹿野郎!!精霊長になればわかっちまうもんだからよ。だが、その時までにお前は『勇気』を持たなくちゃなんねぇ。それだけは忘れんな」

「言っとくけど、精霊長とやらになる気はねーっす。めんどくせーもん、そんな剣とか振るの。自分は作る側っす」

「それはお前が決めることじゃない。ま、その時のことはその時になりゃわかる。いつも通りみっともなく笑いながら生きようぜ、カッサンドラ!ヌハハハ!!」

「はぁ……おめー本当に精霊長っすか……。ふぁぁ……小言聞いてたら眠くなったっす」

「おう、寝ろ寝ろ。そして明日からまた元気に働け!ヌハハ!!」

 

 

「振るう必要はねぇ。お前さんが身に着けるのは、『煉獄を作る勇気』だ。そして、その煉獄を扱うのは……誰なんだろうな……。そいつは恐らく、世界一不幸な奴よ……」

【アイラヴ祭】合宿にGO!

タオナン「ねぇ二人とも、『プロアイドル合同強化合宿』って聞いたことある?」


紫電「合宿?それってドレプロがやってるのか?初耳だぜ」


ひとこ「あ、私聞いたことあるよ。ドレプロの天帝候補生達の登竜門、プロ達がアイドルの意識を高めるために他のライバル達と一緒になって練習する、すっごく厳しい合宿なんだって」


紫電「へぇー、なんだか部活の練習試合を思い出すなぁ。俺もよく喧嘩したっけ……」


ひとこ「け、喧嘩しにいく場所じゃないよう!ダメだよう!」


タオナン「いいえ、ひとこ。今回ばかりは紫電が正しいわ。ライバルとの競い合い、と言えば聞こえはいいけど、ふたを開けてみるとそこは生き残りをかけたライバルの潰し合い。アイドルは体育会系の世界なのよ」


紫電「そうそう、相手のお弁当からエビフライをかっぱらったりとかな!」


タオナン「それはただのいやしんぼよ」


ひとこ「潰し合いって……なんかやだなぁ……。夢をあげる仕事のアイドルがどうして手を取り合って、仲良くできないのかな……」


タオナン「ひとこ。あんたのそういうところは嫌いじゃないわ。でも、もっと視野を広げなさい。アイドルは他でもないファンの為に、より高みを目指していかなきゃいけないのよ。質を上げるためには、それだけ真剣になる必要がある。努力だけは誰にも負けない、そういう気持ちが自分の限界を超えて、より良いアイドルになっていくのよ」


ひとこ「努力だけは負けない……」


紫電「夢を与える仕事って言うけどなぁ。俺はどっちかっていうと、自分の夢も叶えたいって思うかな。ひーちゃんの夢の中に、アイドル同士が手を取り合って仲良くなる世界にしたいって気持ちがあるんだろ?なら、夢を叶えるまでは努力は必要じゃないか?」


ひとこ「そっか……。そうだよね、私の理想は私のわがままで、それがそのまま夢になるんだ。おんなじように、他のアイドルのみんなもそれぞれ叶えたい夢があるんだもんね」


タオナン「そうよ。潰し合いって表現はちょっと言い過ぎたけど、結局自分の心を折るのは自分の腕の未熟さなのよ。だから自分の夢の本気さが、他の子の夢への努力に潰されないように、みんな本気でやってるってこと。それに、この合宿に来るのはドレプロだけじゃないわ」


紫電「ドレプロだけじゃない……?っつーと他の事務所のアイドルも来るのか?でも、天帝になれるのはドレプロだけなんだろ?」


タオナン「そう。でも、今トップアイドルって言ったら世間では天帝セブンを指すわ。その意味がわからない?」


ひとこ「あ……!トップアイドルと一緒に合同練習をしたってことは、それだけでプロモーションになるってことかな……?」


タオナン「その通り!それは事務所にとってもアイドルにとっても、大きな利益になるのよ!ただ同じ練習をしたというだけでも話題性ができるわ。そんな美味しい話、逃さない手はないでしょう!」


紫電「で、でもさ、それって他の事務所のアイドルには得だけど、ドレプロには一体どんな利益があるんだ……?だって、こっちにはその話題性もないし、潰されるリスクもあるんだぜ……?」


タオナン「それは……」


セレア「それはわらわが教えよう!」


ひとこ「セレアさん!!」


紫電「いつも突然だなセレア!!」


セレア「わりに合わないリスクと他プロに塩を送るような暴挙、それをドレプロがわざわざ自分から提案する理由……それはズバリ、ドレプロには『負けない自信』があるからなのじゃ!!」


ひとこ「ま、負けない自信……!!」


セレア「そうじゃ。万が一この合宿で他プロに負けるような事があったとするならば、それは即ち、『ドレプロ失格者』となる。天帝なんて夢のまた夢、練習風景は全国放送されるのじゃからアイドルとしての価値は暴落する」


タオナン「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!じゃあ、ドレプロのアイドルは負けないことがそもそもの課題で、負けたら経歴に泥がつくってこと!?そんなのものすごいプレッシャーになるじゃない!!」


セレア「その通りなのじゃ。この合宿が死に物狂いのスパルタ合宿だと噂される理由は、ドレプロにとって『絶対負けてはならない合宿』だからなのじゃ」


紫電「や、やりすぎだぜ……!勝てなかったらアイドルとしてやってけなくなるっつーのはいくらなんでも酷いだろ……!」


ひとこ「そ、そうですよ……!みんな頑張ってるのにどうして……」


セレア「……当然、その覚悟かあるものこそトップアイドルだからなのじゃ。むしろそれくらいの気持ちがないのであれば、わらわたち天帝が他のアイドルから憧れられる資格がない」


紫電「……それが天帝のレベルってやつか……」


ひとこ「改めて、凄いって思います……そんな……」


タオナン「天帝のレベル……というのは少し違うわ、二人とも」


ひとこ「え!?でも……」


タオナン「これは『ドレプロのアイドル』の条件であって、『天帝クラス』の話じゃない。そうでしょ?セレア」


セレア「……うむ、その通りなのじゃ。現に、この合宿は毎年参加する天帝候補生達が半ばリーダーとして仕切っておる。それについてこられた他プロの子はあまり多くないのじゃ。そして……」


紫電「そ、そして……?」


セレア「去年、リーダーに選ばれた最も優秀なアイドルは、毎年必ず参加していた『琴浦レン』なのじゃ。その意味がわかるかのう?」


タオナン「……っ!!あ、あの超ストイックなレンでさえ、何年もやって初めてリーダーになったってこと!?レンクラスの候補生がそんなにいるわけ!?」


紫電「ま、マジかよ……次元が違うだろ……」


ひとこ「はわわ……」


セレア「そう。ま、いつか三人が参加することもあるかもしれない合宿なのじゃ。それまでは、練習の様子を全国配信で参考に……」


タオナン「え、なに悠長なこと言ってるのよセレア」


セレア「ん、何が言いたいのじゃ……?」


タオナン「だって、あたしたちも行くのよその合宿」


紫電「えっ?」


ひとこ「はい?」


セレア「今、なんて?」


タオナン「参加するって言ってんの!!三人ともね!!あったり前でしょ!!」


ひとこ「え、ええぇぇぇぇぇ!?無理だよぅぅ!!!」


紫電「た、タオ、流石にそれはヤバイって!!いくらなんでも!!俺たちまだデビューすらしてないんだぜ!?」


セレア「だ、ダメじゃダメじゃ!!第一、応募条件に合ってないのじゃ!!三ヶ月以上のプロの資格がないと応募はできないのじゃ!!」


タオナン「え?別に『アイドルのプロ』とは書いてないでしょ?この紙……」


セレア「なっ……!?」


タオナン「馬鹿ね、プロの定義ほど曖昧なものなんてこの世にないわ。現代社会においてのプロなんて、お金をもらって働けばプロになるのよ」


セレア「な、なんなのじゃその言い訳はぁ!!そもそもだったら、一体なんのプロなのじゃ!!」


紫電「そ、そうだぜタオ……一体いつの間にプロなんて……」


タオナン「とぼけないでよ紫電。あんたよあんた!!」


紫電「へ?俺?」


タオナン「アイドルオーディション費用稼ぐためにコンビニでアルバイトしてたの知ってるわ。職場から源泉徴収票も貰ってきたからバッチリよ」


紫電「な、なんで知ってんだそんなことぉ!!」


ひとこ「紫電ちゃん……えらい……」


紫電「え?い、いや……俺、そんなんじゃなくて……ただのバイトだし……」


ひとこ「そんなことないよ!夢に向かってその時から頑張ってたんだもん!!立派だよ!!」


紫電「そ、そうかな……へへ……」


セレア「し、紫電がアルバイトしていたのは確かにえらいのじゃ……それは認める……がしかし、まだ条件が揃ってないのじゃ!!ひとことタオナンはまだプロとして未活動なのじゃ!!それはどうするのじゃ!?」


タオナン「いえ、別にユニットで申し込んだからあたし」


セレア「ユニット……!?」


紫電「なんという言い訳……」


セレア「ふ、ふふ……ユニットで参加するならユニットでのプロ活動が要求されるのじゃ!!よって、紫電の活動じゃ不十分なのじゃ!!」


タオナン「いいえ、紫電が貯めたお金、あたしの家のお金なのよ。だって経営してたのウチだもの。それに、あのコンビニは私が三ヶ月前に権利をお父様から買ってるわ。もちろんアイドルの資金繰り、もっと言えばテイチョスの安定したメンテナンス費用の為よ!そして名義は後々便利に回せるようにユニット仕様にしてるのよ!!」


セレア「な、なんじゃとぉ!!」


紫電「さすがタオだぜ!!屁理屈が上手すぎる!!」


ひとこ「スケールも大きい!!」


セレア「のじゃじゃ……しかしその言い訳が果たしてあの頑固なタバタ(※常務)に通用するかどうか……はっ!!」


紫電「ん?どうしたんだセレア、青い顔機能が出てるけど…」


セレア「……(いや、この話……タバタだからこそ断れない……!今年は烈火のところから既に新人アイドルの特例の参加が認められておる……!しかも同じくらい強引な理由で……!どちらかといえばあの子らよりタオナンの方が正当性もある……。この話を断れば一方のアイドルにだけ肩入れしていることになるのじゃ……それがアイドルに知れたらどういう疑念を抱かせるか、タバタであれば熟知しておる筈じゃし……)」


タオナン「まぁ、ルールの点に関しては担当弁護士も複数人つけたから、心配はないわよ」


セレア「どこまで用意周到なのじゃお主はぁ!!うぅ……すまぬタバタ……わらわじゃ止められなんだ……」


タオナン「ちょっとセレア、勘違いしないでくれる?あたしたちは是が非でもアイドルとして成功したいの。さっきの勝ち負けで天帝がどうとか関係ないわ。いい?天帝っていうのはあくまでも目標のひとつ。でもそれはあたしたち三人にとってはただのおまけよ。あたしたちは、『アイドルとして』活動する。それに対して知恵を振り絞って、全力になって、一体何が悪いって言うのよ!!」


セレア「!!」ドキンッ


紫電「タオ……!!」


ひとこ「タオちゃん……!!」


セレア「……そうじゃな。タオナン、お主の考え方はトップアイドルに一番無くてはならないものじゃ。そこまでの考え、そこまでの覚悟なら、わらわももう止めたりしない。むしろ、タバタにはわらわからも進言しておくのじゃ。応援するぞ!!何事もチャレンジなのじゃ!!」


タオナン「えぇ、心配してくれてありがとうセレア。やりたいようにやらせてもらうわ!よぉーし!!やるわよひとこ、紫電!!」


ひとこ「うん!!がんばろうね!!」


紫電「おう!!まかせとけ!!」

手放したくない

 おやつのことを考えていた。

 

 ウチが無理矢理血を吸って、そのまま勝手に拾ってきた人間。名前も知らなければ年齢も知らない人間。……なんの力も秀でた能力もない、ただごく普通の人間だった。
 おやつはウチに何も聞いてこない。男爵のやつからも何も聞かない。名前も、歳も、家も聞かない。こんな身体のウチのことも聞かないし、この前のウチの暴走のことも、結局あれから聞いてこない。その上、何も気味悪がった素振りも見せないし、困ったような顔も滅多にしない。
 頼み事でも命令でも何でもアイツは断らない。きっと聞けば教えてくれると思うけれど、ウチはおやつを知ることがとても怖い。知れば知るだけ、おやつはウチと身近な存在に変わっていく。屍人なんてものと身近だなんて、それは相手にとってどれほど不幸なことなんだろう。だからウチはアイツの何にも知りたくない。

 それでも、こうしてアイツが寝るときだけは、アイツの事を考えてしまう。
 そもそもおやつは何故、あれだけの『穢れ』を身体に含ませていたのだろう。蛇の持つ毒程度で全身が硬直する程の『穢れ』にはならないと、男爵のやつが言っていた。あれほどのものが身に降りかかっていたのなら、おやつは即死していてもおかしくなかった。それほど、あり得ない『穢れ』なのだとさ。
 ウチにはわかる。わかってしまう。おやつのやさしさ、親切心、思いやりの心、そして自己犠牲を選ぶ思考回路。おやつは多分、ウチと出会う前に誰かに唆されていたのだと思う。そういうやつだから。

 おやつはあの日、あの場所で死ぬつもりでいたらしい。気付けばなんだかそういう気持ちになっていた、と言っていた。その理由も『穢れ』と共に消えていき、いつの間にか死ぬ気もなくなっていたそうだ。もう少しで本当に死んでいたかもしれないのに、おやつはそのことを気にも留めていない。おやつを殺すつもりで騙した奴が見つかったとしても、多分気にしないのだろう。

 ……やっぱり、アイツはどこか壊れているんじゃないか。ウチと会う前に、誰かに都合よく壊されてしまっているんじゃないか。一体誰に……何のためにそんなことをされたのだろうか……。
 今思えば精霊のもやしも、ウチと会う前からもう壊れていた。壊れていたから見捨てられなかった。やがてそれはもやしから離れたくないというウチのわがままに変わっていき、ウチはもやしの最後の決断を引き留めてしまった。

 その結果、もやしはウチに縛られて、不幸のままに死んでしまった。

 考えれば考えるほど、どうでもいいと思っていたただの人間を、名も歳も何も知らない男の子を、また手放したくないと思ってしまう自分がいる。
 もやしの時と同じ過ちを繰り返したくないから、何も知らない男を選んだのに、何も知らないようにしていたのに、アイツがウチを大事にするから、ウチはアイツを引き留めたいと思ってしまう。

 おやつもいつかウチから離れたいと思うはずだ。屍人なんかの傍にいても、人としての幸せは得られない。不幸に感じる位なら、おやつはいつかここを出て行った方がいい。


 でも、その時になってウチがおやつを手放せなくなったら、どうすればいいんだ。
 今はただただ、それだけが怖い……。

余ではない

「入るわよ、サン」


 ドア越しに反響するノック音と、弾むようで愛らしい声が響く。この薄暗い城の地下、元はベルモット家の人間が戦時、籠城する為に作られたという身を隠すためだけの生気の感じない空間。椅子と机、引き出しのついた大きな書棚。薄く張られ、上から塗装されたこの書棚裏の壁は、万が一の際に崖下の河に繋がる洞窟への階段が用意されている。
 余はあの日偶然にも、人の通れる筈もない水の中を潜ってこの洞窟に逃げ込んだ。誰から逃げたか、無論、それは『自分から』であった。


 硬く、厚い扉がゆっくりと開く。


「ちょっと開けてよ……!全くもう……よくこんなドアを蹴破ったものね、あの子ったら……」


「……メルバ」


 確かに、普通の民家のドアに比べればこのドアは多少は重い。しかし余が住み着くにあたり、本来の重厚で不自由なドアは開きやすく軽いものに取り替えていた。ドアそのものの重みではなく、現在のメルバの体調の問題である。
 それは、当然のことであった。


「……無理は祟るであろう。そなたの身体は休息を必要としている」


「不要な心配よ。多少の血を抜かれたくらいで今さら倒れるほど、アルビダという種族の精神力は弱くないわ。その分、肉体的には虚弱ですけどね」


 昨日、あの鬼の娘が『発作』を起こした。穢れによる血の劣化から行動にムラがあったが、循環する方法はまだ知らない子である。故に、あのまま放任していても三日は発作が起きないものと予測していた。
 しかし、予期せぬ事態が起きたのだ。娘の世話を焼いていたあの少年が、事情を知らないが故に屍人の本能を呼び覚ました。
 我ら、作られし者共が己が内に埋め込まれた愚者の楔。血を求めるという渇望、すなわち『死を免れる為』の執着という本能。意思などといった不要なものを一時的に束縛し、全ては『復旧作業』のみに集中して身体を自動化させていく。
 未熟な後天種であろうとも、この支配からは逃れることはできない。なぜなら、その『血』は余の一部であるのだから。あの娘の意思を、余が握り潰しているのである。


 メルバの精神の強靭さは、確かに他を凌駕する。種族という補正値に加え、血統とも言える当主としての自覚が意志を補強する。それは曰く、支配力の賜物であるとメルバは語る。
 呪詛の本質は己の宿命の一つとして忌々しく寄生する、生まれながらに刻まれた不幸の刻印である。我々屍人との相違点は、その刻印を『意図的に組み込まれているか否か』である。屍人は、他者の手によりある特定の者にのみ有益になるため仕組まれた呪縛と言える。妖怪が『刻印』ならば、我々は『首輪』のようなものだ。
 精神の強さでは、思考の余地もなく妖怪……いや、『後天種』の方が余よりも上だろう。その証拠に、あの娘は本能による『発作』を『暴走』と定義した。あの娘にとって、今回の出来事は己の失態であると、そう考えているのだ。


 余は、この発作を己の責であると受け入れた事がない。
 この身体、この力、この制約、この不条理、全てが我ら屍人を産み出した者の私欲の為であるならば、それが持つ驚異も、引き起こす災厄も、背負うべき業も、それは彼らの者であろう。
 余が産まれた理由、存在する理由は、余ではない何者かの手の中にあるのだから。
 しかし、こうしてメルバより自由を授かった今であるならば、余の新たなる願いはただ一つだけ。即ち、己が宿命の奪還である。


 我が身、我が血、我が存在が産み起こす、業も、罪も、罰も、例外なく余の『意思』であるならば、無論、その責を背負うべき存在は……


「……余である」


「いや、何突然……ただでさえ不気味なんだから、変なこと言わないで頂戴」


「……うん……」

殺めていない。

 ……この身体になって以来、初めての暴走だった。意思と関係なく魂みたいなのが、まるで別の何かみたいに潤いだけを渇望した。ウチが血を動かしたのではなくて、血がウチを利用していた。その感覚はこの身体が器としての役割しかなく、もう、ウチに自由なんてないことを示唆していた。
 前の暴走と、今回の暴走は全然別物だった。何せあのときは守るものなんて一つもなかったからだ。今は、大切にしたいものが側にある。壊さないように、居なくならないように、慎重にやってきたつもりだ。
 ウチは危うく、その宝物を自分で壊すところだった。


「……なぁ」


 ウチの腕に包帯を巻く男爵が、いつもの苦しそうな顔のままにそこにいた。……この身体は一瞬で傷なんて治る。直る、か。なのに、なぜこいつは包帯を巻くのかわからなかった。


「余である」


「わかってるよ、んなことは」


 いつも通りの府抜けた態度が、事の重大さを薄れさせる。あんなことになったのに、こいつも夫人もけろっとしているのが、とても苛立つ。
 ……苛立ちで、徐々に悲しみも減っていく。


「お前さ。暴走したことあるか?」


「……うん」


 わかりきった質問を、馬鹿正直に返してくる。大概、こいつも結局馬鹿野郎なんだろうな。だけど、ウチは今、こいつのことはそれしか知らない。この城の住人は、ウチのことも何も聞かないし、自分達の事も話さない。でも、質問に答えなかったことはない。
 結局、大事なことは自分で見つけろってことなんだろうな。だから私も、普段は何も聞かないんだ。


「……もう少しで壊しちまうとこだった」


 ぼそっと、独り言のつもりでそう呟いた。男爵は包帯を巻き終わると器用に折り込み、ウチの指先をひとつひとつ揉み解しながら言った。


「……彼らはまだ、生きている」


「…………『殺し』ちまうとこだった」


「そうだ」


 こいつは、こういう細かいところをいつもいつも気にしやがる。ウチは、『殺す』って言葉を使いたくなかったから、壊すって言ったんだ。……だけどこいつは、そうやってウチが逃げることを許さない。
 心がズキズキと痛くなる。同時に、沸き起こる罪悪感。暴走でおやつを殺すところだったウチの、果てしない後悔。それでもこの身体は、涙ひとつ流せない。


「……おやつは死んでも殺したくない」


「……」


「…………壊れても」


 男爵は眉を潜めて、目を合わせないようにウチの顔を見た。よそよそしい態度は出会ったときから変わらない。なんとなく、失礼であることをこの馬鹿はきっと知らないのだろう。


「そなたは未だ誰も殺めてなどいないではないか」


 言葉を考え、選んだ上で、言いにくそうに絞り出すような声だった。……ウチは、まだ誰も殺していない。現実主義者で、空気の読めない馬鹿男爵が言う一言だからこそ、真実味を帯びている言葉。

 

 ……ウチはまだ、誰も殺していない。

 

その言葉を、ウチを殺した張本人が口にするのは、酷く苦しい筈だった。